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2007年5月21日月曜日

日割りでゴー:東京転入人口

5年間で39万人が東京都に転入バナシの続き

ちょっとまて、転出がカウントされてないのでは?
と思ったが、やはり増分ということらしい(げろー)
この中の第12表


そのへんのスージを もうちっと具体化してみよう



まず日割りすると、

39万/(5*365)≒ 214人

大型バスがだいたい55人乗りなので
毎日4台が東京にのりつけて、
はいはいーこちらですよー ってわけか



出て行かれる方から見ると、

214 / 47 ≒ 5

各都道府県から毎日5人くらいが、
おら東京さいぐだ なわけだ

ほかの都市部も流入してるから
もっとたくさんだな


カーブが気になるな
単純な外挿はできないけど
過去5年はだいたい7万で推移してる
減る傾向はないなぁ


いっぱいいっぱい詰め込んだときに
テポドン飛んできたら
ってか地震がおきたら
どーすんでしょね。

危機管理って以前の単純な
想像力だと思うんですが


ってかほんと余計なお世話ですけど


東京の防衛・耐震能力高めるのと、
経済・生産拠点を分散させるの、
どっちがコスト小さい?

後者の方が波及効果としては健全だな
耐震能力アップも兼ねてるし
(集積度ちいさければ地震でも死ににくい)
防衛に関してはいわずもがな


そも集積すれば全体のパフォーマンスは
ほんとにあがるの?

ICT的に言えば、分散した方が市場は
大きくなるのでは?



しかしあれだけ容積ふやして
メンテどうすんのかなー
労働力へるのになー



いやになってくるのでこのへんで

2007年5月17日木曜日

感覚知の方へ

ポートフォリオ作っておもうけど
ビジュアル・ナレッジってあるなぁ


言葉で編まれたコンセプトとは違う

それに単にコミュニケーションを円滑にする効果って意味じゃなく

ヴィジュアルによってこそ成り立つ知性



ヴィジュアルにすることって
言葉による設計図を実現することって考えられてるけど
ヴィジュアルで考えるということはありうる

というかデザインという総合知のそれが大きな部分だ



どうやってつかまえる?

さしあたっては本のメタファーだな

読む
書く
考える


解釈学だな

デザインの解釈学 か
けっこうふつう(笑)

ググれば死ぬほどヒットしそう

でも感覚知ということを
明確に意識したものはまだ
それほどないはずだ

ヴィジュアル・ナレッジの解釈学



それにしてもこの演習
おれにとってタイムリーだなー

勉強になります

まあ基本クリシェの、だけど(笑)

でも解釈学はまずクリシェの整理から

ははぁ デザインの『紋切型辞典』か

なるほど

2007年5月8日火曜日

メモ:セミスクラッチのとこ、もうちょっと

セミスクラッチがアイデアとして後発なことを
指摘することから始めるのはどうだ?

私たちの身体をインタフェイスとして
機械と一体化する、というアイデアは
脳を取り出すアイデアより後からきた

なぜだ?

道具が身体の延長であることの理解必要
→なにかしらの「一体感」を感じる契機
 →それはなんだったのだろう?
  →補綴具はやっぱその一つだったろうな→WWI
インタフェイスの概念必要


形態:道具を想定(身体とそうでないもの、インタフェイス)

それによって形が変わる場合の拡張可能性

ところが、変わる場合だけではない
それにむしろ、これから考えなければならないのは機能の方

拡張が形態的変更を伴わないことの方が多くなるから
(根拠は?→一つはAP)

機能はどうやって知る?
→環境とのインタラクション
アフォーダンスだね

このことをギブソンは指摘してたか?

2007年5月6日日曜日

メモ:構成どうしよー、再び

水槽の中の脳の寓話
→知性の創発に歴史的な身体必要

だけどこの帰結はきまじめすぎるかも

身体が一意に「決められない」ことと、
身体なしに知性が創発できることは別。

少なくとも、意識は意識を対象化できる。

あとは表現の問題。

『ディアスポラ』が示すこと
→身体=時空=認識のアプリオリな形式

 #前半はこんなところか

漸次的な拡張に認識を対応させる
現象的・神経科学的な証拠はある

まあたぶん、なんでもあり

ところが、これらの証拠の大部分は
身体イメージに関するもの

つまり形態面での拡張についてのみ

機能は?

おそらく環世界の認識に直接効くのが機能の方

「世界の外」を記述する
→認知科学とSF両方のチャレンジ

 #後半はこんなところか


 まあこんなもんか
 もういいかげんめんどくせぇ

2007年4月27日金曜日

メモ:構成どうしよー

任意の身体の可能性を探る方向は

・身体の任意の拡張に脳がついていけるか?

というのがまずひとつ

この中には形態と機能の認識が含まれる

 形態は神経科学的根拠あり
 機能は新しい問題かもー!わー
 →きっとアフォーダンスの概念が拡張されるのだ(要検証)

もうひとつは

・認識だけの存在がありうるか?

つまり、身体を消す方向だな、うん

この設定は不思議な二重性を帯びるはずだ

 火星人みたいなタコもあり:認識だけの存在OK
 火星人みたいなタコにする根拠がなくなる:決定は歴史的

 対立は歴史とデザイン?

 えっ!

 でもそういうことか

 うーん、この辺は頁を改めよう

メモ:形態と機能

自分がサイボーグだとせよ

まあ形態的な変化はわかるよ、見りゃ
でも機能的な変化はどうやって知るのかな




カニの手アタッチメントを装着!



手がカニっ!それはみりゃわかる



手がハサミっ!になったことは?

・・なんかをつかんでみりゃわかる、か。

わいー!

アフォーダンスか!

そうかそうか。