2007年5月13日日曜日

犬の目

「結局よくみることが何よりのたよりになるものです」

 --- 福田平八郎(自作「漣」に寄せて)



かわいらしいなぁ


そしてぞっとするほどそのものが
迫ってくるのだ




「よくみること」の

屈託のなさ

自由さ

かわいらしさ


そのまま

つまり強さ





よくみよう

犬の目で

よく みるんだ

2007年5月8日火曜日

おわったというかおわらせた

ああー
とうとう書き終えた
と申しますか、
終わらせました。


もうめんどくさかったんです。


今回はややこしかった。
身体性なんてものに手を出すからである。

形式的にも緻密さに欠けてちょっと恥ずかしい。

でも、2つばかしちょっと展開できそうな
洞察を得たのは収穫だった。

まあそれだけでいいや。


・・エディタ、なんていうかな
その意味じゃおわってねぇんだよなー

あー やれやれ

メモ:セミスクラッチのとこ、もうちょっと

セミスクラッチがアイデアとして後発なことを
指摘することから始めるのはどうだ?

私たちの身体をインタフェイスとして
機械と一体化する、というアイデアは
脳を取り出すアイデアより後からきた

なぜだ?

道具が身体の延長であることの理解必要
→なにかしらの「一体感」を感じる契機
 →それはなんだったのだろう?
  →補綴具はやっぱその一つだったろうな→WWI
インタフェイスの概念必要


形態:道具を想定(身体とそうでないもの、インタフェイス)

それによって形が変わる場合の拡張可能性

ところが、変わる場合だけではない
それにむしろ、これから考えなければならないのは機能の方

拡張が形態的変更を伴わないことの方が多くなるから
(根拠は?→一つはAP)

機能はどうやって知る?
→環境とのインタラクション
アフォーダンスだね

このことをギブソンは指摘してたか?

2007年5月7日月曜日

いまだけここだけ

脳には現在しかない
思い出さえも現在の状態としてある


ということに気づいた、というか
まさに直覚してしまったときの衝撃は大きかった。


脳にもHDDのようなストレージがあって
思い出は思い出として、
タイムスタンプが押されて、
記録されている 

と想定しがちで、

もちろん私たちはそのようなデータモデルに従って
脳の現在というものを整理していて、
またそれは社会的要請でもあるので、

それはそれでよいのだが、

それでも脳を見れば、
現在の電気的・化学的状態というものが
ただフラットにあるだけだ。


思い出なるものも、それを取り出すときに
そのように語るからそうなるだけのこと



本来時間的には未分化な脳のありようは
ロクスケを見てるとよくわかる

現在のちょっとしたものごとにトリガーされて
昨日や一昨日やもっと前のことが
区別なく繰り出されてくる。

  「いまやまにのぼったらさ、かもつれっしゃがあったの」

   えええーっ???ああ、面白山のこと?
   いったねー(何ヶ月か前にねー)

  「さっきそこにおばあちゃんすわってたね」

   えええーっ??!!あ、そうか、昨日ね、
   昨日までそこの席でご飯食べてたもんね。
   (あーびっくりした、母になにかあったのかとおもった)



だから

体験を ものごとを 
どのように語るかはとても大切なこと



言葉は過去が織り込まれた現在を
美しくもそうでなくも組織する

来るべき現在はその上にまた
織り込まれてゆくのだ



いえ、

ものは言いよう、と開き直りたいわけでも
なんか説教じみた人生訓がいいたいわけでも
もちろんなくて



ああやっぱ
ことだまはあるなぁ


と、

脳の神経科学的事実からそう思えてしまう、
とまあそうゆうことなのです

2007年5月6日日曜日

メモ:構成どうしよー、再び

水槽の中の脳の寓話
→知性の創発に歴史的な身体必要

だけどこの帰結はきまじめすぎるかも

身体が一意に「決められない」ことと、
身体なしに知性が創発できることは別。

少なくとも、意識は意識を対象化できる。

あとは表現の問題。

『ディアスポラ』が示すこと
→身体=時空=認識のアプリオリな形式

 #前半はこんなところか

漸次的な拡張に認識を対応させる
現象的・神経科学的な証拠はある

まあたぶん、なんでもあり

ところが、これらの証拠の大部分は
身体イメージに関するもの

つまり形態面での拡張についてのみ

機能は?

おそらく環世界の認識に直接効くのが機能の方

「世界の外」を記述する
→認知科学とSF両方のチャレンジ

 #後半はこんなところか


 まあこんなもんか
 もういいかげんめんどくせぇ

2007年5月5日土曜日

何かを待望するかのように


海のかなたをみつめて。




この海岸に初めてたどりついたときはうれしかった



フェリーニの海

とみいこは言い

アントニオーニの海

とおれは言った




文系だけどインドア派じゃなくて
だけど圧倒的に山派だった


それがあるときから海派に


っていうか海も無性に好きになった


ぺろんとしたかっこで
ビーサンでペタペタあるけば
それでOK!



浦安の血か?
瀬戸内の血か?
はたまた有明海が呼んでいるのか?

タクを囲む会07春




初給料を得たカモネギどもが


肉を喰らったり
卓を囲んだり
ギターを弾いたり
ロクスケをいぢめたりして



約12時間だらだらと。



まだ学生気分が抜けきってないようだな!



おれもな!



屈託のないやつらと
ときどきこうして
だらだら過ごせたら




女子3人いろいろありがとう。
ンをソにかえてウヒウヒ言ってるばかりで
すみません




「さっきかかってた暗いの、いいすね」
お、浅川マキには反応があるのかい?

いいねぇ

こりゃ「スナック☆マキ」企画が意外と早く実現できるかも

 *「スナック☆マキ」とは
  場末系スナックを借り切り、
  全員浅川マキになりきりつつ、
  カラオケで順番に歌う(当然浅川マキのまま)
  という夢の企画である。
  まだ実現はしていない。


しかしキリンジには反応がないんだねぇ
さすがのまっつんもぽかんとしてた
ただのポップスに聞こえちまうんだろうね
あと一ひねり大人になんないと ね


まあ『ムーミンママのお料理の本』に反応しちゃう
シンゴくんもどうかとおもうが 持ってるか?ふつう
ユカちゃんにもらったんだよなー これ
いるるとあいたいなー



帰り際も家の前でぐずぐず

「ああー もう夏だー」

まだ寒くね?

「あ いや、空気のにおいが」
「417から朝帰るときのにおい」
「あはは」

あはは

おんなじこと言ってるやつがいたよ こないだ
夜中のファミレス出たとき



てつしー、バイクのるときのカッコ、
学生んときのまんまじゃん!



またやりましょう